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震災後の人とのかかわり

3月11日の東日本大震災。震度6強。周りの家の瓦や塀が音を立てて崩れ、道路のあちこちで陥没。
バチン!と物凄い音とともに町中が停電。夢であって欲しいと願う気持ちでいっぱいでした。

私は娘3人と話し合い、 小学校体育館へ避難しました。娘達の安全を確保し、被災した人達の中に身を置いたことで私は安心して、「今、ここで私ができること」へ意識を向けました。市の職員さんが炊き出しして下さるのを手伝ったり、お年寄りや身体の不自由な方、小さい子どもを持つママの話を聴いたりしていました。


市の職員さんが炊き出しして下さるのを手伝ったり、お年寄りや身体の不自由な方、小さい子どもを持つママの話を聴いたりしていました。25歳の智子さんというママに出会いました。体育館の中で、走り回る2人の子ども達を追う彼女の姿が気になって見ていました。片手でおでこを軽く抑え、少し首をかしげたのを目にしたとき、彼女は心身共に限界なのでは?と感じました。

「大丈夫?」と静かに声をかけると、「大丈夫です」と不自然に笑顔を作っているのがわかりました。私は、笑顔ではなく彼女の心や身体の状態に、感じたままにペーシングしました。

「本当に、大丈夫?・・・」と声を低めて言うと、「眠れなくて、ちょっと疲れているだけなんです。だって・・・」地震の怖さや不安、私がしっかりしなければ!というプレッシャー、彼女からは涙とともにたくさんの言葉が溢れ出てきました。「大変だったね。」と私も自然に涙が出ていました。

その後、彼女に睡眠をとるように促しました。
「子どもは私が見てるから、少し横になって寝たら?」
智子さんは遠慮しましたが、言い方を変え、リードしました。

「それなら、私の布団で1時間だけ眠るのはどう?私はあっちでこの子達と遊んでるから。今だけでいいから、他人の私を頼ってみて。」と言うと彼女は泣きながら、私の布団にもぐりこみました。

周りにいた子どもたちには、静かに遊ぶよう協力してもらいました。

1時間後、元気に動き回る男の子達を追いかけ、私はへとへと。そこへ智子さんが起きてきて、
「30分以上眠れてスッキリしました。」と言いました。私は「うん。いい顔してる。」と軽く彼女の腕に触れ、アンカリングしました。自然な笑顔の智子さんが、そこにいました。

その後も、智子さんは私のところへきては、お父様の病気の事、自分が過呼吸であるなどの話を聴かせてくれました。「知代子さんて不思議。知り合ったばかりなのになんでも話せちゃうの。」この言葉は、私が相手に安心感を創り出しているというエビデンスとして、大切に受け取りました。

今でも智子さんは連絡をくれます。誰にも言えないこと、友達と話してもスッキリしないことは、
私に話すと決めているそうです。「話すとスッキリするから。」その言葉を聞き、私は嬉しさで胸がいっぱいになりました。
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